研究紹介:気候変動と高齢化で増大する熱中症リスク―過去のデータから未来を読む
埼玉県気候変動適応センターでは、埼玉県内における将来の気候変動影響の研究に取り組んでいます。その研究成果の概要をお知らせします。
埼玉県では100年間に2.17℃の割合で年平均気温が上昇しており、年間の猛暑日日数も急速に増加しています。気温上昇が引き起こす問題のひとつとして熱中症リスクの増大が挙げられます。過去のデータ(図1)によると、埼玉県内の熱中症救急搬送者数は年間およそ3,600人にのぼり、災害級の熱波に襲われた2018年度には6,129人まで増加しました。気温上昇が熱中症リスクの増大につながることは明白ですが、熱中症救急搬送者数がどの程度増加する可能性があるのか、定量的な情報は得られていませんでした。
図1 埼玉県における年間熱中症救急搬送者数の推移(2010~2021年度)
出典:埼玉県消防課のデータより作成。
注:調査対象の月は年度によって異なる。6~9月はすべての年度で調査対象となっている。
当センターでは、さいたま市を対象として、年齢別人口や気温指標から毎月の熱中症救急搬送者数を予測する統計モデル(正則化ポアソン回帰モデル)を構築し、2050年までに想定される気温上昇が市内の熱中症リスクに及ぼす影響を評価しました(図2)。本研究の特徴は、気候変動と高齢化の複合的影響を考慮している点です。埼玉県では、65歳以上の熱中症救急搬送者数が全体の半数を占めており、気候変動だけではなく高齢化の影響にも注意を払う必要があります。
図2 熱中症救急搬送者数の予測方法
注:日本SSPは「日本共有社会経済経路(Japan Shared Socioeconomic Pathways)」の略。日本SSP人口データは、国立環境研究所が運営する気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)で公開されている。
統計的DSは「統計的ダウンスケーリング」の略。
このまま気候変動が進行すると仮定した場合、熱中症救急搬送者数の将来見通しは図3のようになります。青線は2010年代の平均を、赤線は2026~2050年度の予測値(5種類の気候シナリオに基づく予測値の中央値)を表しています。さいたま市の熱中症救急搬送者数は、屋内と屋外の両方で増加傾向を示しており、2040年代には2010年代の上限を超過するようになります。2040年代における年間救急搬送者数の平均は、屋内熱中症が636人、屋外熱中症が650人となっており、2010年代の平均と比べてそれぞれ2.04倍、1.95倍に増加する見通しです。本研究の結果は、気候変動と高齢化の複合的影響により、さいたま市の熱中症救急搬送者数が過去に例のない水準まで増加する可能性があることを示唆しています。当センターでは、本研究で得られた情報に基づいて具体的な熱中症対策を検討し、埼玉県の担当課所とさいたま市に対して情報提供を行う予定です。
図3 さいたま市における熱中症救急搬送者数の予測結果(2026~2050年度)
注:青線は2010年代におけるモデル推計値の平均。水色の領域は2010年代におけるモデル推計値の上限と下限を表す。赤線は、5種類の気候シナリオに基づく予測値の中央値。代表的濃度経路にRCP8.5を仮定。人口シナリオは日本SSPの現状維持ケース(JPNSSP2)による。過去と将来のシミュレーションにあたって、人口と気温以外の要因は2015年度の水準に固定している。
謝辞
本研究は(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費JPMEERF20182005(代表:松橋啓介室長、国立環境研究所)の支援を受けています。また、熱中症救急搬送者データを提供してくださったさいたま市、統計的DS気候データを提供してくださった大楽浩司准教授(筑波大学)に厚く感謝申し上げます。
本研究の研究担当者は、 本城慶多です。