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気候変動コラム「蛇足の靴」 #22 「タイ化現象~熱帯化社会での働き方・暮らし方~」

2026-08-07

#22 「タイ化現象~熱帯化社会での働き方・暮らし方~」

 30年近く前の話で恐縮ですが、国際協力の仕事で2年間程タイのバンコクで暮らしていたことがあります。初めて降り立ったドムアン空港では、むせかえるような熱気が私たち家族を迎えてくれました。温度もさることながら、その湿度の高さが熱帯の国に来たことを実感させてくれました。

 ここ数年、埼玉や東京の夏は、バンコクより暑いのではないかと感じています。そんな私的な感覚が正しいことを7月5日の日経新聞に掲載されたデータが証明してくれました。図-1は、日経新聞に掲載されたグラフを経営コンサルタントの宮野宏樹氏がより簡潔に書き換えたものです。縦軸に最高気温、横軸に最高湿度をとって「蒸し暑さ」の状況を表してみると、東京はここ20数年間でどんどん東南アジアの主要都市に近づいており、バンコクとほぼ同等になっていることがわかります。特に湿度がどんどん上がっているところが注目されます。

 図-2は、人間の熱バランスの状態を模式化したものです。通常であれば、体の中で生じる熱(産熱)と同量の熱を体の外に放出(放熱)することで、健康な人の「深部体温」はほぼ一定に保たれているそうです。しかし、周囲の温度や湿度が高かい中で、負荷が大きな活動をして筋肉の産熱が上昇すると、放熱が間に合わず、「深部体温」が上昇し、熱中症のリスクも高くなるのです。蒸し暑さのなかでの労働や運動がいかに危険かが理解できると思います。

 英国の医学誌ランセットが主導する国際研究プロジェクトは、暑さに伴う作業効率の低下時間を推計しています。この推計によれば、日本では2024年に1人当たり43時間の労働時間が失われたそうです。5日強の労働時間に相当します。就業者全体で考えると年29億時間弱に達し、2010年代平均と比べ倍増しているそうです。

 被害も増えています。労働基準監督署が把握しているだけでも、職場での熱中症死傷者数(休業4日以上と死亡の合計)は年1,800人を超え、2年連続で過去最多となりました。建設業、運輸業、警備業など屋外作業の多い業種だけでなく、製造業や商業でも増加が目立ちます。屋内は対策が手薄になりやすいうえに、慢性的な人手不足や高齢化も要因と考えられています。

 日本では2025年に労働安全衛生規則が改正されて、熱中症の恐れがある作業について発症時の報告体制や救急対応手順を整備・周知するよう事業者に義務付けられました。職場での対策内容も、これまでは細めな水分補給や空調服などによる対応が中心でしたが、もはやそれも限界に来ていると言われています。「意識や装置から時間へ」という対応の変化が求められています。作業や労働時間を減らしたり、より暑くない時間帯にシフトさせたりと、働き方自体を制度やシステムとして変化させる時代になってきています。

 では、暮らしの方はどうすればいいのでしょうか。タイ・バンコクの人々がどんな暮らし方をしていたのか少し想い起してみました。まず「歩かない文化」が徹底しているように思います。私たちは数百メートル程度なら多くの人が歩いて移動すると思います。タイの人々は大通りはバスやタクシー、トゥクトゥクと呼ばれる三輪タクシーを利用します。ソイと呼ばれる小道でもバイクタクシーなどを利用します。また、朝、昼、夕など1日に何度も水浴びをします。シャワー設備が無くても水道に繋がれたホースで体に水をかけ体を濡らし冷やします。今考えると、歩かないことは深部体温を上げない効果がありますし、水浴びは深部体温を下げる効果があり、どちらも風土に合った合理的な生活習慣だったのです。そして、何よりセカセカしない考え方が浸透しています。有名な「マイペンライ(気にしない)精神」です。筆者もタイに赴任する際には予備知識として、このことを学んだつもりでした。ある時、職場でタイ人のスタッフが前もって注意したにも関わらずコピー機の操作を誤って1日中使えなくしてしまい、職場全体に迷惑をかけたことがあります。彼女にコピーを依頼した私は一言注意した後、「マイペンライ」と労いの言葉をかけようとした瞬間、笑顔で彼女は言いました。「マイペンライ。明日になれば業者が直しに来てくれますよ。」これが本当のマイペンライ精神なのだと実感したことを思い出します。歩かないことや水浴びは今の日本ではなかなか真似できませんが、「マイペンライ精神」は少しは見習うことが可能ではないでしょうか。

 昨今では天気予報で連日、「危険な暑さになりますので、熱中症に注意しましょう。」という呼び掛けがあります。気温と湿度の上昇により夏の暑熱環境が「タイ化」している日本では、働き方も暮らし方も変えていく必要があるようです。日本社会が暑さに負け、夏バテして本当に「退化」しないためにも、今、優先すべき適応策と言えるのではないでしょうか。


筆者プロフィール】

星野 弘志氏 (NPO法人環境ネットワーク埼玉 代表理事)

元埼玉県環境部長。現在はNPO法人環境ネットワーク埼玉(埼玉県地球温暖化防止活動推進センター)の代表理事、埼玉県環境科学国際センター客員研究員を務めるほか、埼玉グリーン購入ネットワーク会長、埼玉環境カウンセラー協会副会長などとして幅広く環境啓発活動などに取り組む。

◎星野氏経歴の詳細はこちら: (環境カウンセラーのサイトに移動します) 

https://edu.env.go.jp/counsel/counselor/2012111001


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